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クラシックの調べはお年寄りの癒し!? 「ハイドン・イヤーを前に~J.S.バッハの息子たちが後の時代に与えた影響~」 

昨日、マッシーパパは家内を誘って神戸市室内合奏団の定期演奏会を聴きに行ってきましたよ。前回と同じ、大倉山の神戸文化ホールで催された野平(のだいら)一郎指揮・チェンバロ独奏による『出発点は2つの全く異なるチェンバロ協奏曲  そこから受け継がれ、発展していったもの(http://www.kobe-ensou.jp/schedule/ensemble.html)』である。

この演奏会、前回の『時代の流れ その変革のとき、1780年』と二部作で、『ハイドン・イヤーを前に ~J.S.バッハの息子たちが後の時代に与えた影響~.』の共通する副題が付く。

さて、音楽に造詣の深い人なら、この恐ろしく長いタイトルを見て、およそ見当が付くのだろうが、門外漢、にわかクラシックファンのマッシーパパにはチンプンカンプン。勿論、音楽は聴いて楽しければそれでよいのだが、逆に背景がわかれば、楽しみも増す道理で知るに越したことはない。

そこで、演奏前に大阪音大の中村学長の解説書「プログラムノート」を必死に読みました。

そして、なんとなく理解できたことを整理すると、まず、①来年はハイドン没後200年の記念イヤーである。ハイドンhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%B3)といえば、ヨハン・セバスティアン・バッハ(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F)の死後、モーツアルトやベートーヴェンと並び、ウィーン古典派として活躍した人である。

しかし、②彼らが台頭するまでの過渡期にも、活躍した作曲家がいたという。それが、バッハの息子たちであり、タイトルの言うように、「後の時代に与えた影響」が今、改めて再評価されているという。

③そして、今回取り上げられた作品が、バッハの次男のC.P.E.バッハの「チェンバロ協奏曲 ニ短調 wq。23」と末っ子のJ・Cバッハの「6つのチェンバロ協奏曲 第5番 変ホ長調 op.7-5」の『2つの全く異なるチェンバロ協奏曲』である。

余談だが、マッシーパパはチェンバロの演奏を始めて聴いた。指揮の野平氏が演奏したのだが、この人、ピアニストあるいは作曲家でも有名だそうで、当たり前といえば当たり前だが、チェンバロもすごく気持ちよさそうに弾いていました(?)。それに、チェンバロって、小さな音で耳を澄ましておかないと弦楽器にかき消されそう。それもそのはず、この楽器、ピアノの前身だそうで、強弱がつけられないとか。それでもって、「もっと豊かな音量が欲しい!」と、クリストフォリがピアノを考案したという。

即ち、ピアノの音の出る仕組みの元になったのがクラヴィコードで、ボディの元になったのがチェンバロという。なるほど、格好はまったくのピアノそっくり、違うのは撥弦(はつげん:弦を引っかいて発音させる)楽器か打弦楽器かの違い。そして、ペダルのあるなしと白鍵と黒鍵が逆の位置(http://homepage2.nifty.com/wakabapiano/pianosi/pianosi.htm)。

閑話休題。ところで、③「出発点は2つのまったく異なる」の意味だが、どうやら、この兄弟、大バッハのともに息子だが、21才も年が違い、おまけにJ・Cバッハの15才のときに大バッハがなくなり、C.P.E.バッハに引き取られたという。そして、J.Cバッハは後に、ミラノに修行、ロンドンに移り住み、結局、時と場所を隔てることで、同じ「チェンバロ協奏曲」にも違いができたというのだ。

そして、④『そこから受け継がれ、発展していったもの』が、最後の演奏曲、ベートーベンの「交響曲 第1番 ハ長調 op.21」であるという。

と、ここまで、説明しているが、第一番目の曲、アントン・ヴェーベルンの「弦楽のための5つの楽章 op.5」がどう繋がるのかよくわからない・・。が、これも中村学長は「いかにも野平さんらしく、ロマン派までの伝統的な語法を打ち破る20世紀初頭に作られた作品を前古典派や古典派の音楽と並べ、聴くことによって、今日のコンセプトである『そこから受け継がれ、発展していったもの』をここでも改めて認識することになる」と、ちゃんと解説してくれているのだが・・。

でも、マッシーパパには、言葉的にはなんとなく理解できるのであるが、演奏を聴いて、この意味合いは残念ながら理解できなかった。どちらかといえば、アントン・ヴェーベルンの音楽は初心者には理解しにくく、むしろ、ベートーベンの交響曲の方がわかりやすかったという次第。つまり、音楽を理解するにはまだまだ、修行がいるということかも・・。

ともあれ、一見、判じ物のような演題(?)も伊達に言葉を並べているのでないことを知っただけでも一歩前進かも・・。

それにしても、演奏会にお年寄りの多かったこと!・・。

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