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日本の歴史を語れない若者の増加、その原点はここにあった!?

源頼朝はニセものだった!? 浮上したナゾを追う』と「産経」の記事。記事を要約すると、教科書でもおなじみの国宝「絹本着色伝源頼朝像(神護寺所蔵)」が足利直義で、同じく、神護寺三像のひとつ「重盛像」が足利尊氏だとする米倉上智大教授の仮説を紹介。そして、「仮説を補完する証拠はないが、通説を裏付ける完全な証拠もない」とどちらかといえば、通説を疑問視しているのだ(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081129-00000533-san-l26)。

なるほど、記事にも断ってはいるが、この論争、古くからあるもののようである。詳しいことはWikipedianiに、「仮説は衣冠束帯や太刀から考証して鎌倉後期以降とするのに、通説は絹本(の質)から平安期のものと断定、互いに自説を譲らない。又、新説は直義の神護寺にあてた願文を根拠にすれば、通説支持の寺院側も頼朝家との縁はあっても足利家と無縁だと寺伝をたてに否定する」などなど、決着の着いていないことを記している(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E8%AD%B7%E5%AF%BA%E4%B8%89%E5%83%8F)。

ともあれ、この手の話はごまんとある。マッシーパパの知るだけで、①教科書で有名な足利尊氏の騎馬武者像は描かれている馬具の紋から高師直もしくはその子の師詮(http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E5%B0%8A%E6%B0%8F)

②長谷川等伯の描いた武田信玄像は畠山義続(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Takeda_Harunobu.jpg)の説がある。

いや、③肖像画そのものの真贋を問うなら、織田信長像など、豊田市の長興寺所蔵と氷上市所蔵で異なるものもある(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7)。

④又、有名なところでは上野の西郷さんの銅像はキヨッソーネの肖像画を元に作られたというが、それ自身、顔は隆盛の弟従道、体格は従兄弟の大山巌を似せて画いたものという。

⑤あるいは、仙台城の伊達政宗像も当人の遺言「絵や彫像はすべて両目を入れるように」通りに眼が二つある不可思議(http://www1.linkclub.or.jp/~spanky/YH001/tokusyu9/sendai/sendai04.html)

⑥さらに言えば、1万円札でお馴染みの聖徳太子像が「聖徳太子にあらず」は衆人の知るところであり、最近は、「聖徳太子はいなかった」まで論ずるものが出てくるぐらいである・・。

要は、肖像画は古ければ古いほど、ただの伝承に過ぎないといっても過言でない。なにしろ、決定的に証明されるものがない以上、伝承に頼るしかない。従って、伝承される間には、当該のものが消失したり行方不明になる例もあるはず。又、持ち主を変える間にも、伝え間違ったりするのは当然であろう。それに、もともと、肖像に描かれたものは現在のような写実画法と程遠く、画く側もどちらかといえば、その人のイメージを大切に、ディホルメしているはず。従って、いまさら、違うといわれても、日本史を勉強する現場ではこまるだけ・・。

それをどう間違ったか、教科書業界が過剰反応。教科書からこれら偉人たちの肖像画が消えつつあると河合敦氏はその著「なぜ偉人たちは教科書から消えたのか」で報告しているのである。

マッシーパパは残念ながらまだ読んでいないので内容はよく知らない。でも、肖像画が違っていてもいいじゃん。それより、教科書から削っていくほうが問題、むしろ、そちらのほうを懸念する。

さらに言うなら、上述のように、伝頼朝像が直義かどうなのか?なぜそういえるのか考証することこそ、歴史を学ぶことでないのか?そして、何よりも、生徒が伝頼朝像をイメージすることでより一層、鎌倉幕府が身近に感じられるのでないだろうか?・・。

それを、肖像画を消すだけでなく、日本史から、最近は神話を教えなくなったり、日本的美徳を体現した二宮金次郎、平重盛、吉田松陰などをスルーしだしたと聞く。そして、その理由を、ベストセラー『教科書から消された偉人・隠された賢人』の著者である濤川栄太氏は『GHQが敗戦前の日本の歴史を全否定し、東京裁判史観に基づいた教育を日本に強い、それに階級闘争史観を持つ左翼系の学者が乗ったからだ。偉人の価値を権力に抵抗したか、しないかで決めたり、「人間は誰でも平等」という社会主義的イデオロギーで偉人を排除したりした』からだと説く(http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20081203-01/1.htm)。

確かにそういう面もあるだろう。でも、一番の問題は文科省の定めた「高校で世界史必須、日本史選択」の教育制度そのものに日本史をつまらなくした原因があるのではないだろうか?

文科省は建前上、「日本史は小・中学で履修している。むしろ、高校では国際化に対応できるように世界史を学ぶ」としているが、受験中心の日本では、生徒自身、選択科目をおろそかにするのは当然の成り行きである。

世界のどこに、自国の歴史を軽々しく扱う国があろうか。自国民に歴史を楽しく勉強させてこそ、祖国を愛する心を生むのでないだろうか。それを、神話や楠正成を教えることがあの軍国主義を招き、右系化すると短絡的に捉えることこそおかしいのである。

マッシーパパの例で恐縮だが、小学校低学年のとき、担当の先生が休むと、教頭さんが決まって、楠正成の「桜井の別れ」や、新田義貞の「稲村ヶ崎奉剣」のお話をしてくれた。男の子も女の子もクラス全員が先生の名調子に引き込まれたものである。

だからといって、誰一人、成人して偏向した考えの主になったことを聞いたことがない。勿論、マッシーパパもそうだが・・。そして、今もそのおかげで人一倍、日本史が好きである。従って、日本史は決して、年号を暗記したり、人名と業績をただ覚える学問でなく、むしろ、日本人の心を学ぶ学問でないかと思っている。つまり、その心を教えてくれたのが二宮金次郎であり、平重盛でなかったのだろうか・・。

なるほど、今はじめて、産経が唐突に、歴史問題を持ち出した意味がわかった気がする!・・。

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