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和歌山県人は坂本竜馬が嫌いってホント!?

マッシーパパは3日(水)、OMC会員限定の日本旅行日帰りツアー「こだまでラクラク!鞆の浦・尾道食べあるき」に家内と参加してきた。

今回のツアー目的だが、ひとつは千光寺(http://www.senkouji.jp/)へのお参り。

実は、マッシーパパは尾道に過去、何度も訪れている。それは若いころ、ここで小学校以来の親友を不慮の死でなくしたからだが、その供養にかって千光寺の住職にも世話になったことがあるのだ。

今回、40年ぶりに再訪、思いがけず供養が出来たのだが、お寺の人に尋ねたら先年、90幾つかでその住職も他界したとかである。改めて月日のたつ早さを感じた次第・・。

さて、目的のもうひとつは歴史の街、鞆の浦の散策である。格子戸と白壁の土蔵がそのまま残る古い町並み、海岸べりには、江戸時代の港湾施設である「常夜灯(じょうやとう:http://www.sawasen.jp/tomonoura/annai/jyouyatou.html)」、「雁木(がんぎ:(http://www.sawasen.jp/tomonoura/annai/gangi.html)」、「焚場(たでば:(http://www.sawasen.jp/tomonoura/annai/tadeba.html)」、「船番所(ふなばんしょ:http://www.sawasen.jp/tomonoura/annai/bansyo.html)」と、全国でも揃って残っているのはここだけという貴重な史跡をこの目にしたかったからである。

いや、見所はそれだけでなかった。ここの海岸の景勝は先日訪れ感激した屋島・檀ノ浦に、負けず劣らずの絶景である。まずは現地にある澤村船具店さんのライブカメラで全景をごらんいただきたい(http://www.sawasen.jp/tomonoura/livecamra/index.html)。

これは鞆の西、医王子から臨んだ景色だが、もう一方のビューポイントが、これより東に位置する福禅寺「対潮楼」である。こちらは一幅の絵を座敷から眺めるような絶景である(http://www.fukuyama-kanko.com/hyaka/spot059.html)。

処で、マッシーパパは伝統的街並保存地区の大のフアンなのだが、この地は重要伝統的建造物群保存地区に登録されてはいない。でも、それに勝るとも劣らない古い商家や町屋が町のそこかしこに残っているすばらしいところなのだ。

特に、前述の船着場は歴史そのもので、ひょっとして世界遺産との呼び声も高いとか。でも、どうやらここでも、住民による「保存か開発か」で町が割れているやに聞く。

従って、折角、昨年ヒットした「崖の上のポニョ」の舞台になった土地なのにあえて、具体的なPRをしていない。それは、交通渋滞緩和のため港の一部を埋め立てて、橋を架ける計画に反対運動が起こっているので、「(市としては)埋め立て計画に全国から注目が集まるのを避けたいという思いがあるからとか(http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080923/trd0809232055016-n2.htm)・・。

ま~、ツアー客にその是非を判断する権利はないだろうが、できるならば、そっくりそのままこの景観を遺しておいてほしいと願うのはおとずれたものの総意でないだろうか。それほど鞆の浦はすばらしい所なのだ・・。

閑話休題。実はこのツアーで、もうひとつ新発見したことがある。それは、「和歌山県人が坂本竜馬嫌いだった」という事実(?)。

というのは、ここはあの有名な坂本竜馬率いる海援隊の「いろは丸」と紀州藩の「明光丸」が衝突(1867年4月)、いろは丸が沈没したという史跡でもあるのだ。

従って、常夜灯のネキにそれを記念した「いろは丸展示館(http://www.sawasen.jp/tomonoura/annai/irohamaru/irohamaru.html)」があるのだが、そこで、入ろうかどうしようかと迷っていたときに、ツアー客の一人(女性)が、「私は和歌山県民、坂本竜馬に恨みはないが、これだけは許せない。いわば、赤穂と吉良町の仲みたいなものです」と笑いながら通り過ぎた。結局、我々もツアー仲間に義理を立てて(?)、入るのをよしたが、代わりにしっかりと事件の顛末を調べてみました。

なるほど、件(くだん)の女性が怒るわけだ。坂本竜馬は大大名紀州を相手に一歩も引かず、この地にとどまり、賠償交渉に専念。でも、埒がいかないと見るや、舞台を長崎に移し、同時に脱藩したはずの旧主の土佐藩重役・後藤象二郎を交渉に担ぎ出す。

そして、土佐藩の威光を背に、持ち前の弁説と「万国公法」という怪しきものを持ち出して、衝突事件の非は総て紀州藩側にあり、船の代金四万四千両、積み荷はミニエー銃四百挺で八千両、その他米や砂糖も積んでいたので、積み荷の代金は合計で約四万両、締めて約八万五千両を弁済しろと要求したそうです。

勿論、法外な要求に紀州も一度は席をけったが、結局、象二郎や薩摩の五代才助の仲介で七万両に負けることで折れ、決着したという。

つまり、幕末の幕藩体制の弱体化の足元を見られて法外な賠償を吹っかけられたのが、和歌山県民には口惜しいと、いうことのようだ。

だが、それもあながち、和歌山県民の負け惜しみでもなさそう。後年の研究でむしろ非は「いろは丸」にあるともいう説も出てきているからだ。又、何よりも弁償要求の「ミニエー銃四百挺で八千両」は嘘っぱち、引き上げ結果から積み荷はなかったと、「産経」が記す(http://sankei.jp.msn.com/region/chugoku/hiroshima/080412/hrs0804120310000-n1.htm)。

どうやら、こういうところが結果として竜馬嫌いに結びついたのか、肝心なことを彼女から聞いておくのを忘れていた。

でも、竜馬も海援隊の隊長として存亡にかかわることゆえ、必死だったのだろう。それに、考えればこの7万両、土佐藩で一旦預かるのだが、竜馬がその直後の近江屋事件(1867年12月)で暗殺され彼の手に渡っていないのだ。

となれば、恨みのホントの相手は後藤象二郎!?・・。

ま、それはともあれ、充実した1日でありました。それに、摩訶不思議なことで、新幹線こだまの「新神戸ー福山指定席片道7130円*2=14260円、福山ニューキャッスルホテルバイキングが1680円、そして、千光寺山ロープウェー片道280円、「対潮楼」拝観料200円。これだけでも、〆て16420円。これに、福山から観光地までの観光バス代を加算すれば、このツアー代金、お一人、9800円はいかにもお得ということ!

ただ、惜しむらくは、このツアーのタイトルの「鞆の浦・尾道食べあるき」はいただけない。実際、食べたのはホテルのバイキングただ一度じゃん。

どうやら、添乗員さんに命名のいわれをお聞きしたところでは、「バイキングに加えて、鞆の浦では「保命酒(ほうめいしゅ)」、尾道では「尾道ラーメン」が有名なのでそれを入れてください」とのこと。

つまり、「食べあるき」ではなく「食べ歩いてください」のミスプリント(?)のようだ。なるほど、そういえば、鞆の浦も尾道もたっぷり自由時間をくれていたということか(?)・・。

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