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「自衛隊は暴力装置である」と仙石発言を肯定する池田信夫氏のブログをあざ笑うかのように反対する読者世論調査!?

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経済評論家で、アルファーブロガー(影響力のあるブロガー)の池田信夫氏が自らのブログに、マックスウエーバーやレーニンの説を例えに、「自衛隊は暴力装置である」と説く。

どうやら、「首相の命令で何万人も殺害できるのだから”自衛隊”などという婉曲語で本質をごまかすな」といいたいらしい。

納得できないのは、たったそれだけの理由で、仙石氏すら失言と認めたこの言葉を「撤回する必要はない」と結論付ける半端さ。かてて加えて、いきなり、話を尖閣ビデオ流出問題に拡げる脈絡のなさ。

そこでは、「同じ”暴力装置”の海上保安庁の保安官が秘密漏洩するのはクーデターと同じである」と決め付け、起訴が当然と主張。

さらには、「だからこそ、これらの暴力装置を如何に統制するか、改めて考えたほうがいい」と無理やりにまとめる始末。

いやはや、この東大出の池田先生、一体何を言いたいのか、浅学非才のマッシーパパにはなんとも理解しがたいのである。

多分、ネットユーザーも同じ考えでしょう。

面白いのはこのブログの最後に、『仙石官房長官の「自衛隊は暴力装置」発言許せる』のアンケート結果が「許せない80%」「許せる20%」であったこと・・。

ともあれ、どうして、この先生の主張が受け入れられなかったのでしょう? まず考えられるのは、

仙石氏も失言と認めたからこそ「実力装置」といい直し、自衛隊の皆様に謝罪した。又、首相もその非を認めている。

それを、PV(Webサイトのアクセス数)を稼ぐため、奇をてらった(?)のだろうが、そういうのを「小さい親切、大きなお世話」と言うのじゃないですか。

それと、実はご本尊の仙石氏は「法律用語として適切でなかった」と言っているので、池田先生の言うように政治的に解釈するのはいささか筋違い。

つまり、純粋、法律語として、「暴力」から連想されるとしたら、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴対法)」であり、その又、「装置」なら、まさに「暴力団」か「暴力機関」がイメージされて当たり前。

だからこそ自衛隊を「侮辱」したことになるので、それに気づいた仙石氏も「自衛隊の皆様に謝罪」したのであろう。

又、百歩譲って、「政治」的に解釈するとしても、尚のこと、国民目線でなければならないはず。そのことは「国民にわかり易い政治」を掲げて政権交代を実現させた民主党なら、百も二百も承知の上であるはず。

それを、先生、マックスウエーバーやレーニンを持ち出して、さも訳知り顔をするなど、恥ずかしくないのですかね。

だからこそ、マッシーパパは、エントリー『経済評論家はどうしてこうも政治音痴? 民主党は「原口首相」で出直してはどうかという山崎元氏!?(http://massypapa.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-6.html)』で、彼らのピンとはずれを批判しているのです。

要は、彼らの「視点」がどうしてもピンとはずれになるのは思考方法が「経済的」パターンになるからです。すなわち、問題の本質を「当事者」そのものに求めるから、政治に不可欠な「国民目線」とずれてくるのです。

さて今ひとつ大事なことは、先生は自衛隊や海上保安庁を「暴力装置」と頭から決めてかかっているが、そのことの方がどれほど暴力的(ハラスメント)か。

自衛隊や海上保安庁は決して、「暴力装置」ではない。ましてや日本の場合、専守防衛だから、彼らは、むしろ、仮想敵国の暴力から「国を守るため」、命を賭して日夜、頑張っているのである。

それを「暴力装置である」とぬけぬけ言うような輩は、「ナイフ」を見て直ちに「凶器」という類、日本の国を守るアメリカの抑止力としての「核」でさえ反対をする自虐史観の連中となんら変わらないのである。

ともあれ、アルファーブロガーだか経済学者か知らないが、こんなばかげたデマゴギーを蒔くのはやめてもらいたいが、幸いなことに、圧倒的多数の人が、「暴力装置」発言に嫌悪感を示している。

まんざら世論も捨てたものでないと安心しました!・・。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。ご批判ご賛同、なんでもいいですからコメントもいただければ幸いです。♪

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

残念!

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“暴力をなくすためにはやはり暴力を使わざるを得ないというジレンマは、常に文化や制度につきまとう。たとえば政治権力はいつでも軍隊や警察など、物理的暴力装置をもって過剰な暴力を行使できる。イデオロギーやそれに基づく教育などがそれを支援する場合すらある。”
          『政治学事典』猪口孝ほか著(弘文堂)p,1013「暴力」より

“直接的・物理的・肉体的な強制力をともなう力の発動を「暴力」という。これが何らかの形で正当性をともなっている場合には「実力」(force)とよび、いかなる正統性をも欠いているときに「暴力」(violence)とよんで、この両者を区別する場合も現実政治のなかでは多々ありうる。また、ソレルが『暴力論』のなかで「ブルジョアジー」が国家機構を通じて有している強制力をforoceとよび、これを「プロレタリアート」の革命的「暴力」(violence)と区別したのに対して、ヴェーバーは、「暴力」装置の合法的独占を国家権力の特性としたことが良く知られている。要するに政治の場では、「暴力」は正統性・合法性とのかかわりあいで「実力」にも「権力」にもなりうるのである。他方、政治の場におけるやむえをえない手段として「暴力」の行使を是認する立場もあり、歴史的にはマルクス主義、アナーキズム、サンディカリズムならびにファシズムや右翼思想などに見られてきたが、それらの場合でもなお、正統性や合法性の問題がどのように扱われているかに注意しなければならない。また、「暴力」概念を拡大して「強制力」一般と同義語にしてしまう事例も多々ある。”
          『現代政治学辞典』(大学教育社)p,940 「暴力」より


 “主権国家は、国内的に治安維持に裏付けとなる警察機構や、対外的に他国の干渉を排するための物理的保証たる軍隊を備えているという特徴を持つ。これは国家による強制措置を構成する権力装置である。つまり、国家とは合法的暴力装置を備えた巨大な権力機構と位置付けられる。”
      『ファンダメンタル政治学』等松春夫・竹本知行編著(北樹出版)p,20より
            (注:等松春夫さんは現職の防衛大学校教授です)

投稿: Executor | 2010年12月 6日 (月) 06時46分

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